その場その場で思ったことを綴ったお馬鹿なエッセイ  自分のこと・犬のこと・HP作成関連・それに簡単お料理レシピ・映画・音楽・CD・DVDその他美容や健康に関する事・自作の詩など・・
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病院の待合室に 一人の20代くらいの女性が立っていた
長い前髪が顔の半分に垂れ下がり
アレでは物も見難いだろうに・・と 思った

思った瞬間 ドアーが開き瞬時に風が吹きこんだ
彼女の前髪は風で舞い上がった

あれは  そう エレファントマンという映画だっけ
彼女の顔半分はまさにそれだった・・・・

瞬間的に私はひるんで  顔を逸らしてしまった
逸らしながら自分が腹立たしく 情けなく
意を決して  もう一度視線をあげ
今度はしっかり彼女と目をあわせ
かすかに微笑して  会釈した

彼女はじっと  
そう私には5分にも10分にも思えるほどの長い時間
私の顔を  凝視した

そして・・・・・

プイッと  顔を逸らした
もう2度と  私を見なかった


多分もう2度とない
ひとつの人生との遭遇と  別れ

そして自分の日々は又
同じように何もなかったように  繰り返されていく

それでも  きっと
あの前の自分と
あの後の自分と
どこかが確実に 変わる
変わらなければならない

ほんの一瞬の
見知らぬ他人との ただ1度の偶然の遭遇でも
積み重ねられていく日々が ある

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コメント
この記事へのコメント
こんにちは。
差別する気持ちはまったく無くても、どうしてこのような反応になってしまうのか。。。もっともっと精進というか、気負わなくても普通にしていられないといけないですね。
2008/04/01(火) 17:56 | URL | 君平 #3/VKSDZ2[ 編集]
君平さん
私自身も車椅子や松葉杖の頃
似たような目に良く会いました

見た目って 難しいです
本人も当然意識してますから
何気ない見方でも
とんでもなく傷つけてしまうことがあるし

普通って難しいですね
2008/04/01(火) 19:30 | URL | ako #JNaGb44s[ 編集]
どもども!
その人の事を知ってるのならともかく、一瞬の出来事であれば目を逸らしてしまうのも仕方ないんじゃないっすかね?
私の友人にも顔の半分が火傷でケロイド状になってる人がいて、ホント最初に会った時はビックリしましたもん。
ただそれは差別って事じゃなく、見てはいけないものを見てしまった罪悪感みたいな感じだったかも。
2008/04/01(火) 21:26 | URL | 猫バカ1番 #-[ 編集]
あれは
何という方でしたっけ
象皮症か神経繊維腫症だか忘れたんですが
小学校など訪問して子供たちに積極的に関わっていらっしゃる方
「おじちゃん、その顔はお面なの?」「違うよ」
「触ってもいい?」「いいよ」
「すごーい!ザラザラしてる~」

私が子供の頃 障害のある人に出会うと
「見てはいけません」と母に言われた
そしてたくさんの疑問を飲み込んだ

今はずいぶん一般の意識も変わった来たとは思うけれど
見る方も 見られる方も
この方と子供たちのように自然でいること
それが当たり前の社会になってほしいですね
2008/04/01(火) 21:26 | URL | ささめ #-[ 編集]
猫バカ1番さん
そうなんです
差別って意識じゃなく
でも思わず目をそらしちゃうと言うか
凝視したらいけない気がしてしまう

そう思うことからマズ
抜け出さないといけないんでしょうけど・・
2008/04/01(火) 22:14 | URL | ako #JNaGb44s[ 編集]
ささめさん
確かモデルとなったのは
ジョゼフ・メリックって方だったと記憶してます

見てはイケマセンと言う教育は
私達の頃の主流でしたよね

あれは見てはいけないんではなく
違う物を見るような目で
じろじろと見てはいけないと言う意味だったのかなぁと
今は思いますが

自然にと言うのは
意識した瞬間から
不自然にしか出来ない動作で
自然に自然な態度をとるためには
自分自身の心の基礎が今とは違って無いとダメなんですよね
2008/04/01(火) 22:21 | URL | ako #JNaGb44s[ 編集]
自然に!難しいですよね!
家の両親は聾唖者です。
見た目では何も変わらないけど
話すと・・・
隣で何度もそういう目をみました。
私はそういう人の方がかわいそうだと思ってみてました。
2008/04/01(火) 22:32 | URL | ☆宇宙☆ #/HtBrrac[ 編集]
☆宇宙☆さん
そういう目で
最初から変な目で見る人は
可哀想な人だと思うことにしてますが 私も

そんなつもりはないのに
瞬間ひるんで目をそむけてしまったとき
それが自分の自然な態度だと分かったとき
結構 きついです

自然にって事の難しさを凄く感じます
2008/04/01(火) 22:39 | URL | ako #JNaGb44s[ 編集]
ではなくて
今現在も日本で活動されている方がいらっしゃいまして
可能なら、お会いしてみたいです

子供の頃、私はakoさんが言われるような意味に取ってました
あれこれ詮索するものじゃないと。
でも大きくなるにつれ
母が「眼をそらせたい人」なのが分かってしまって…
福祉分野をいまだに「汚れ仕事」のように認識している母とは
いろいろな面でいつまでたっても平行線です

積極的にサポート側に回ろうとは思いませんが
出かけた先で障害のある方に出会うと少し観察します
あれ?と思った時は声をかけます
「何かお手伝いできますか?」
普通にそんなことができるようになったのも
歳を重ねて来たからですね
これからもひとつひとつ無駄でない年月を重ねて行きたいです
(長くなってスミマセン)
2008/04/02(水) 23:00 | URL | ささめ #-[ 編集]
ささめさん
あ すみません
今も活動されている方のことなんですね
その方は私は知りません<(_ _)>

私が車椅子だった頃にも
声をかけてくださる方
知らん顔で通り過ぎる方
ただ見てる方
色々いらっしゃいました

私は今もでこぼこした道とかは
しっかり歩けないんですが
見た目普通だと誰でも平然とぶつかってきますね

普通にいろんなことができると言うことの難しさ
凄く感じます
その逆も有ります
車椅子階段上るの手伝って下さいとか呼びかけられてるとき
何で手伝わないんだとじろじろ見られたり
面と向かっていわれたことも有ります
出来ないことを分かってもらうのもまた
難しいですね
2008/04/02(水) 23:09 | URL | ako #JNaGb44s[ 編集]
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