私もやっぱり魔女じゃなく 人並みに人間だったんだなぁ
なんて もっと若かった頃も 思った事が有りまして
その証拠に 人並みに体は悪くなったりするもので
もう8〜9年 もしかしたら10年近く前になっちゃうんでしょうか
ものすごく体調が悪いときがあった
多分旦那さんの 非常に危険な大きな病気やらで
精神的にも肉体的にも 極限だったかも知れない
旦那さんが退院したとたんでした 一気に寝こんで・・
ひどい鬱症状と 眩暈と 倦怠感 虚無感 厭世観
寝たきりで誰とも話もせず 外には出ず
出たとしてもどこへ行き何をしたかまるで覚えてない
ついさっき言われた事も 昨日やった事も記憶に無い
今考えても本当にとんでもない日々で
家族にも目いっぱい心配と世話をかけた時期でした
そんな頃 と言うかそれ以前からですが
まだ元気にしてた頃にネットで知り合った人の中に
動画の制作会社に勤めてらっしゃる方が居て
私なんかよりずっと若い
素敵な?(実は顔は知らない)お兄さんなんですけどね
ちょうど あれは春休み向けの子供アニメ
あまりにも状態悪く曖昧模糊とした朦朧とした時期で
タイトルすら良く覚えてはいないんですが
ともかくお子さま達対象の 東映漫画祭りとか
そんなんがある時期で
どこの映画館もお子さまアニメばっかの時期
丁度知り合いのそのお兄さんが
映画のドラえもんの作成に携わっていて・・
セル画なんかも頂いたり カレンダー頂いたり
子供らなんかは 飛び上がって大喜びでしたが
(娘がその頃も今も大のドラえもんファンです)
ただ 私の体調はあまりにもひどすぎた
子供と一緒にドラえもん観に行く気力も体力も思考力も無かった
そのときその彼が 私の体調の悪さを知って
その映画の中には 実際は無かった1場面
のびたくんが 疲れ切ってヘタヘタのとき
もう少しだから
がんばってね のびたくん
ドラえもんがそう声をかけて
のびたくんに 手をさしのべる
そういう場面を増やした。。。
私のために 私に「頑張ってね」と
声をかけるそのためだけに
彼は監督やスタッフに頭を下げて 下げまくって
その1場面を増やしてくれました
ちょうどホワイトデーが近くて
ホワイトデーの贈り物って事で・・・
そうして その増やした1場面の彼が描いた線だけの下絵を
ページにアップしてくれて見せて貰ったり・・
あのころ 人間って こんなに涙が出る物なのかと
涙でぼやけたドラえもんの下書きを観て
ただ ただ 頭を垂れて・・・・・・・
それから
映画は完成し 彼は私と娘にチケットを送ってくれた
ホワイトデーのプレゼントだよ
でも外出なんか どう考えたって無理だと思ってました
それが そのチケットを手にし 娘と手を繋いだそのとき
どうしてなんでしょうね・・
歩けないはずの足が進み 動かないはずの身体が動き
あのときの映画の内容を 正直な話
私はほとんど いや全く 覚えてはいません
けれど ドラえもんが
「頑張ってね」といって手をさしのべた
あの画面だけは 網膜に転写されたように
今も私の目の中に いつまでもその姿を残しています
あれから・・何年?
もうすぐその 私の人生に 大きな贈り物をくれた
私の目の中に ドラえもんを焼き付けてくれた
その彼がプレゼントをくれたホワイトデーなのです
ひとの移り変わりの激しいネットの世界です
いつの間にか彼の存在も掴めなくなってしまいました
ありがとう ありがとう ありがとう
そして ・・・・元気にしてますか?・・・
いつまでも貴方が 子供達に素晴らしい夢を
時にはこんなおばさんにも めいっぱいの素敵な夢を
与え続けていってくださいますように・・・
3月14日 ホワイトデー
この時期になると いつもいつもいつも蘇ってくる
何も覚えてないはずのあの頃なのに
私の中に唯一残っている あの頃の記憶 です
ちなみに 今 娘に聞きました
あの映画のタイトルは ドラえもん のび太の南海大冒険
1998年3月公開でした
【ネタのタネ】
なんて もっと若かった頃も 思った事が有りまして
その証拠に 人並みに体は悪くなったりするもので
もう8〜9年 もしかしたら10年近く前になっちゃうんでしょうか
ものすごく体調が悪いときがあった
多分旦那さんの 非常に危険な大きな病気やらで
精神的にも肉体的にも 極限だったかも知れない
旦那さんが退院したとたんでした 一気に寝こんで・・
ひどい鬱症状と 眩暈と 倦怠感 虚無感 厭世観
寝たきりで誰とも話もせず 外には出ず
出たとしてもどこへ行き何をしたかまるで覚えてない
ついさっき言われた事も 昨日やった事も記憶に無い
今考えても本当にとんでもない日々で
家族にも目いっぱい心配と世話をかけた時期でした
そんな頃 と言うかそれ以前からですが
まだ元気にしてた頃にネットで知り合った人の中に
動画の制作会社に勤めてらっしゃる方が居て
私なんかよりずっと若い
素敵な?(実は顔は知らない)お兄さんなんですけどね
ちょうど あれは春休み向けの子供アニメ
あまりにも状態悪く曖昧模糊とした朦朧とした時期で
タイトルすら良く覚えてはいないんですが
ともかくお子さま達対象の 東映漫画祭りとか
そんなんがある時期で
どこの映画館もお子さまアニメばっかの時期
丁度知り合いのそのお兄さんが
映画のドラえもんの作成に携わっていて・・
セル画なんかも頂いたり カレンダー頂いたり
子供らなんかは 飛び上がって大喜びでしたが
(娘がその頃も今も大のドラえもんファンです)
ただ 私の体調はあまりにもひどすぎた
子供と一緒にドラえもん観に行く気力も体力も思考力も無かった
そのときその彼が 私の体調の悪さを知って
その映画の中には 実際は無かった1場面
のびたくんが 疲れ切ってヘタヘタのとき
もう少しだから
がんばってね のびたくん
ドラえもんがそう声をかけて
のびたくんに 手をさしのべる
そういう場面を増やした。。。
私のために 私に「頑張ってね」と
声をかけるそのためだけに
彼は監督やスタッフに頭を下げて 下げまくって
その1場面を増やしてくれました
ちょうどホワイトデーが近くて
ホワイトデーの贈り物って事で・・・
そうして その増やした1場面の彼が描いた線だけの下絵を
ページにアップしてくれて見せて貰ったり・・
あのころ 人間って こんなに涙が出る物なのかと
涙でぼやけたドラえもんの下書きを観て
ただ ただ 頭を垂れて・・・・・・・
それから
映画は完成し 彼は私と娘にチケットを送ってくれた
ホワイトデーのプレゼントだよ
でも外出なんか どう考えたって無理だと思ってました
それが そのチケットを手にし 娘と手を繋いだそのとき
どうしてなんでしょうね・・
歩けないはずの足が進み 動かないはずの身体が動き
あのときの映画の内容を 正直な話
私はほとんど いや全く 覚えてはいません
けれど ドラえもんが
「頑張ってね」といって手をさしのべた
あの画面だけは 網膜に転写されたように
今も私の目の中に いつまでもその姿を残しています
あれから・・何年?
もうすぐその 私の人生に 大きな贈り物をくれた
私の目の中に ドラえもんを焼き付けてくれた
その彼がプレゼントをくれたホワイトデーなのです
ひとの移り変わりの激しいネットの世界です
いつの間にか彼の存在も掴めなくなってしまいました
ありがとう ありがとう ありがとう
そして ・・・・元気にしてますか?・・・
いつまでも貴方が 子供達に素晴らしい夢を
時にはこんなおばさんにも めいっぱいの素敵な夢を
与え続けていってくださいますように・・・
3月14日 ホワイトデー
この時期になると いつもいつもいつも蘇ってくる
何も覚えてないはずのあの頃なのに
私の中に唯一残っている あの頃の記憶 です
ちなみに 今 娘に聞きました
あの映画のタイトルは ドラえもん のび太の南海大冒険
1998年3月公開でした
【ネタのタネ】
この記事へのコメント
大事な方へのメッセージに私が書き込んでごめんなさい。
優しい人の心にとても感動でした。
まだまだ 人間も・・・と 救ってくれるお話でした。
世の中には、純粋に見返りも求めずに
人に手を差し伸べる方が居るなんて嬉しいです。
素敵なホワイトディーでしたね。
人の思いやりって ホントにありがたいですね。
akoさんのことをきっと今も見守ってくれてると思います。
優しい人の心にとても感動でした。
まだまだ 人間も・・・と 救ってくれるお話でした。
世の中には、純粋に見返りも求めずに
人に手を差し伸べる方が居るなんて嬉しいです。
素敵なホワイトディーでしたね。
人の思いやりって ホントにありがたいですね。
akoさんのことをきっと今も見守ってくれてると思います。
2008/02/21(木) 13:00 | URL | かりん #IpT9aHSo[ 編集]
いえ コメント嬉しいです
ありがとう
そうです
見返りも何も求めず
ただ私のためにやって下さいました
ずっと忘れられない方です
どこかで元気にしてらっしゃると思うのですが
コレを見てくれたらなぁ・・・
なんてひそかに願ってたりします。。。
ありがとう
そうです
見返りも何も求めず
ただ私のためにやって下さいました
ずっと忘れられない方です
どこかで元気にしてらっしゃると思うのですが
コレを見てくれたらなぁ・・・
なんてひそかに願ってたりします。。。
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